属人化って、ダメですか?

最近、現場に行くたびに耳にする言葉がある。
「うちは属人化してしまっていて……」
「属人化させないためにAIを導入して……」
(果たして何がどうなってAIなのかは、たいてい不明だが)
では本当に、属人化は悪いことなのだろうか。私はむしろ、どんどん属人化させるべきだと考えている。

街中は属人化で溢れている

少し周りを見渡してほしい。私たちは日常的に、属人化にお金を払い続けている。

  • 「あの美容師さんに切ってもらいたい」から、高い料金でも予約する
  • 「あのスター選手を見たい」から、スタジアムまで足を運ぶ
  • 「あの店のあの料理が食べたい」から、わざわざ遠出する

駅前の格安カット、ロボットが作るお寿司——それは確かに安くて均質だ。でも、人はそれに熱狂しない。行列もできないし、高い金も払わない。

イタリアの高級バッグもそうだ。革と金具でできているという意味では、どのバッグも同じだ。しかしブランドという名の「あの職人・あの工房だから」という属人性が、圧倒的な付加価値を生んでいる。

属人化とは、付加価値を生む源泉である。
低成長の日本こそ、属人化を目指すべきだ。

「大量退職時代」の属人化論は、問題の立て方が間違っている

よく聞く属人化批判はこうだ。「熟練工が定年退職してしまうと、ノウハウが会社に残らない。だから数値化し、ロボットで再現しよう」。

その発想自体は間違っていない。今この瞬間、技術を記録・継承することは確かに重要だ。しかし、一つ致命的な視点が抜けている。

その熟練工も、かつては若手だった。先輩の技を目で盗み、神経を研ぎ澄まし、失敗しても諦めずに続けた。つまり彼には、属人化できるほどの技術を習得するスキルがあったのだ。

技術だけを残しても、それは一時しのぎに過ぎない。本当の問題は、「どうすれば次の属人化した人材を育てられるか」という仕組みの欠如にある。

標準化は「串」に過ぎない

ここで誤解のないように言っておく。標準化——誰でも60点を取れる仕組み——は必要だ。

焼き鳥で言えば、串のようなものだ。料理として成立させる最低限の骨格。現場で言えば、手順書や工夫された工具がそれにあたる。

しかし私が問題にしているのは、最後の「味付け」の部分だ。そこは属人化されるべき領域であり、標準化で潰してしまうと、付加価値そのものが消えてしまう。

属人化を「意図してつくる」仕組みが必要だ

では、どうすればいいか。答えはシンプルだ。属人化が問題なのではない。属人化を育てる仕組みがないことが問題なのだ。

具体的には、ローテーションが鍵になる。ただし、工程別に人を固定するのではなく、顧客・案件ごとに担当を動かすローテーションだ。

こうすることで、一人ひとりが「このお客さんのことは自分が一番知っている」という属人性を獲得する。同時に、さまざまな案件を経験することで幅広いスキルも身につく。属人化と多能工化が、同時に実現するのだ。

本質は「属人化そのもの」ではない。
属人化を意図してつくる仕組みがないことが、本当の問題だ。

「あの人だからできる」をたくさん作ること。そしてそれに見合った報酬を渡すこと。

付加価値は、追い求める限り無限だ。ぜひ、「あの人だから」という仕事を、現場にたくさん生み出してほしい。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です