座学をほとんどやらない私が、座学をやる理由

「勉強会をやっても、現場が変わらない」

そう感じたことはないでしょうか。知識は増えた気がする。でも行動は変わらない。

そのもどかしさの原因は、座学の使い方にあるかもしれません。

6月から地元・豊橋で、QCDの基礎をテーマにした3回連続の座学を開催します。実は私、普段はほとんど座学をしません。改善の方向性を示すことはあっても、テキストを開いて講義するスタイルはほとんど取らないのです。それでも今回やってみることにしたのは、「座学とは何か」について、自分なりの答えが出たからです。

先に行動、座学はあとから

座学に対して、多くの人が持つイメージはこうではないでしょうか。

「まず知識を学んで、それを現場で使っていく」

私はこれが逆だと思っています。

先に行動があって、座学はそれを振り返る場である。

現場で起きた事象を、講師の理論と照らし合わせながら「あの出来事は、こう解釈できるのか」「この問題は、こうアプローチすれば、もっとスムーズに解決できたのか」と気づいていく。座学とは、行動ファーストの内省の場だと考えています。

あるとき、金属加工会社の工場長からこんな相談を受けました。「現場のメンバーが、なかなか改善に乗り気になってくれない」。その日、私はその場で使える管理会計の考え方を一つ紹介しました。すると工場長は「それいいね」とすぐに動いてくれた。

なぜスムーズに動けたのか。工場長に問題意識があったからです。
現場を変えたいという切実な悩みがあったからこそ、私の話が「そういうことか」とスッと入った。知識が先ではなく、行動と悩みが先にあった。

「情報があれば何とかなる」という錯覚

最近は情報があふれています。ノウハウ本、YouTube——「〇〇する方法」はどこにでも転がっている。でも、簡単に手に入る情報は、簡単に忘れます。体で覚えたことは、なかなか忘れない。

だからこそ座学が生きる。自己流のままでは進歩に限界がある。講師の言葉と自分の経験を突き合わせながら「そういうことだったのか」と腹落ちさせていく。この繰り返しが、本当の学びになると思っています。

座学で身につく、2つの力

この「行動→座学→内省」のサイクルを回すことで、大きく2つの力が育ちます。

ひとつは、伝える力。「そういうことか」という気づきを繰り返すことで、自分の中の理論化が進みます。新しい場面に直面したときも、「仮説でいいから、こういう解釈ができる」と筋道を立てて話せるようになっていく。

もうひとつは、踏み出す力。「知識がないとできない」ではなく、手探りでもまずやってみる。そしてその経験を後から整理できる。「あれって、そういうことだったのか!」というアハ体験が積み重なることで、探求する楽しさが育っていく。

今回の座学は、行動を伴う3ヶ月

今回の豊橋での連続座学も、「ただ教える場」にするつもりはありません。3ヶ月間の現場での行動を伴いながら、「そういうことか」をともに擦り合わせていく場にしたい。私自身、教える立場というよりも、一緒に議論しながらその場その場の答えを出していくつもりです。

あなたの現場には今、どんな悩みがありますか。その悩みこそが、学びの入り口になります。

「うちの地域でも」「うちの会社でもやってほしい」という方は、ぜひお気軽にお問い合わせください。

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