「教えたつもり」になっていないか
「やる気がないからだ」という思い込み
工場改善サービスの田代です。
先日、ある試験の試験官をしました。
数ヶ月にわたる改善訓練の、成果を測る試験です。合格の基準も、私たち講師側が前もって示していました。
正直に打ち明けます。試験対策をやってこない人を前に、私は、こう思っていました。
「なぜやらないのか、気持ちが分からない」と。
聞きに来た人と、来なかった人
試験までの間に、何人かが私のところへ来ました。
「先生、どんなところが出ますか」「このやり方なら、合格できますか」。
聞いてきたのは、ほんの数人でした。そして、その数人は、受かっていました。
聞かなかった人は、そうではありませんでした。仕事が忙しい。優先順位が上がらない。理由はあります。
けれど、誰一人「これをやるには何時間要りますか」「今の本業のままでは無理です、どうしましょう」とは、上司にも私にも持ちかけてこなかった。
一人で抱えて、「できない」とだけ言う。
仕事とは、誰かの満足に応えること
ここで、私は自分の仕事を思い出しました。
仕事とは、自分の好きなことをやることではありません。
誰かの満足に応えること、その一点です。
私のような個人事業主なら、満足を得られなければお金をいただけない。会社員も同じで、まず目の前の「お客さん」は上司です。その上司は「受かってこい」と、会社のお金で送り出している。
聞きに来た人は、相手が何を求めているかに向き合っていた。だから動けた。来なかった人は、向き合う前に抱え込んでしまった。
いちばん反省しているのは、私です
ここまで書いて、答えは出ました。
これは、受講者だけの問題ではありません。
彼らに「相手の求めに応える」という気づきを、最後まで渡しきれなかった。それは、講師である私の課題です。
今回は、管理職の方にも来ていただきました。部下が動かないとき、私たちはつい「やる気がない」と片づけます。けれど本当に問うべきは、こうではないでしょうか。「自分は、その気づきを渡せていたか」。
人を責めるのは簡単です。難しいのは、その人が自分から動きたくなる入口を、こちらが用意できているか。私はそれができていませんでした。だから、次回に必ず生かします。
あなたが「やってくれない」と感じるその相手に、あなたは何を、渡せていますか。

