「生産計画は、必要だ」という思い込み
工場改善サービスの田代です。
先日、ある食品系の工場に伺いました。日配品、つまりスーパーに卸す食材をつくっている会社です。
出荷工程を見せてもらうと、こういう流れでした。ある程度もっている在庫の中から、スーパーの店舗ごとに入った注文分をピッキングして、出荷する。このピッキングを担っているのは、営業系の部署です。一方、製造系の部署は、この工程に欠品を出さないよう、上位の指示から必要なものをつくっている。分業として、よくある形です。
師匠に教わった、たった一つのこと
私が改善の師匠から教わったことがあります。
「生産計画は、いらない」。
言い換えれば、出荷計画=生産計画が理想だ、ということです。出荷が決まった分を、そのままつくる。それ以上でも、以下でもない。この言葉を思い出すたび、私は「働くとは何だろう」と考えさせられます。
誰が、いつ買うのかも分からない食材をつくる。それと、いつ、どこの店舗に送るのかが分かった上でつくる。どちらのほうが、仕事は面白いでしょうか。
届け先が見えると、仕事は変わる
先ほどの工場では、私はこうお伝えしました。出荷工程も、製造が持つべきではないか、と。
営業と製造で情報を分けて持つのではなく、みんなで一つの情報を見て、出荷する分だけをつくる努力をする。そうすれば、「誰かが買うだろう」でつくる仕事が、「あの店舗に、これを届ける」ためにつくる仕事に変わります。
同じ手を動かすのでも、届け先が見えているかどうかで、仕事の意味はまるで違ってきます。一つひとつに神経が通い、無駄も見えてくる。何より、つくる本人が面白い。
簡単ではない。でも、だからいい
もちろん、簡単なことではありません。相手は食品ですし、その工場では商品のバリエーションが50近くもありました。在庫を持たずに出荷分だけをつくるなんて、すぐにできる話ではないでしょう。
けれど、だからこそ、できたらすごい。
在庫の山を抱えず、届け先を見ながら、みんなで一つの情報でつくり切る。その世界を想像すると、私は正直、ワクワクします。今すぐは無理でも、「あそこを目指そう」という姿を全員で共有して、少しずつたどり着いていく。その過程こそが、いちばん面白いのだと思います。
あなたの工場は、誰が買うか分からないものを、つくり続けていませんか。それとも、届け先が見えて、つくることが面白い現場に、なっているでしょうか。
