「人は、予定を乱すもの」という思い込み

工場改善サービスの田代です。

皆さんは、働いている人を、どんな目で見ているでしょうか。

工場は、モノを作る場所です。できれば計画通りに作りたい。品質の悪いものは、出したくない。当然の願いです。

だからこそ、問いたいのです。皆さんは無意識のうちに、働く人を「予定調和を乱すもの」として見ていないでしょうか。人はミスをします。計画通りに、良いものを作る。その邪魔をする存在。つまり「外乱」として、人を眺めていないでしょうか。

そもそも「経営」とは何か

ここで、少し立ち止まってみたいのです。

ある書籍によれば、「経営」という言葉は、3000年も前の中国から続くものだそうです。「経」はビジョンやミッション、つまり「何のためにやるか」。「営む」は、それを実践に変えていくこと。

言い換えれば、経営とは、儲けることを通じて、働く人や、仕事に関わる人が幸せになる。その総量を高めていくことなのです。

この定義に立つと、見え方が一変します。人は、計画を乱す外乱ではありません。共に豊かになっていく、仲間です。まず、ここを捉え直す必要があります。

「ミスを減らす」か、「総量を高める」か

人を外乱と見ると、打ち手はこうなります。できるだけ仕事を単純化し、分業させ、繰り返しでミスをなくす。ポカよけを入れ、チェックシートを配り、教育する。もちろん、どれも大切なことです。

けれど、「幸せの総量を高める」という視点に立つと、打ち手はまるで変わります。

仕事を任せる。やりがいを持ってもらう。もしミスをしても、お客さんのところへ自分で謝りに行ってもらう。そうやって信頼関係を築いていく。すると、「あの人が作っているものなら、まあ大丈夫だよね」と言われる関係が生まれます。

要は、作り手の顔が見える環境をつくっていくということです。これは世の中で言えば、TOCであり、トヨタ生産方式であり、アメーバ経営でもある。つまり、日本らしい経営の姿なのだと思います。

その見方は、鏡になって返ってくる

忘れてはいけないことがあります。

もし皆さんが、働く人を「予定を乱すもの」と捉えれば、働く人の側もまた、皆さんの職場を同じように捉え直します。常に監視されている場所。自分の能力を高める場ではない場所、として。

見方は、鏡になって返ってくるのです。

だから私は、最近の「できるだけロボットを入れよう」「コンピュータ化しよう」「人の動きを排除しよう」という流れに、どこか引っかかりを覚えてなりません。その根っこに、人を外乱として見る無意識が潜んでいないか、と。

経営を、捉え直す

このあたりは、岩尾俊兵さんの『武器としての経営思考』(PHP新書)に詳しく書かれています。競争から共創へ。限られたものを奪い合うのではなく、新しい価値を生み出していく。そんな経営の捉え直しが、静かに、しかし力強く語られています。

ぜひ一度手に取って、「経営とは何か」を問い直していただきたいと思っています。

あなたは、働く人を、無意識のうちに「予定調和を乱すもの」にしていないでしょうか。それとも、共に幸せの総量を高めていく仲間として、見ているでしょうか。

日本らしい経営を取り戻す仲間が増えたら、私はとても嬉しいです。